経済成長とイノベーション

技術進歩が経済成長の主たる要因

イノベーションこそが経済成長の原動力だとシュンペータは主張したが、すべての経済学者がそれを素直に受け入れているわけではない。その意味で、シュンペータのイノベーション理論は経済学の公認となっているわけではない。

しかし、経済学者たちは技術進歩が経済成長の重要な要素であることは古くから認めていた。クームズ(マンチェスター大学教授)らの『技術革新の経済学』の冒頭には、“アダム・スミス以来、多くの経済学者は技術進歩が経済成長の主たる要因であることを認めてきた”とあり、佐藤隆三(ハーバード大教授、計量経済学)は『技術の経済学』の中で“技術開発は生産性を向上させる、生産性の伸び率は技術開発をいかに巧みに経済の仕組みに取り入れていくかにかかっていることは、世界中の経済学者の一致した見方だ”と言っている。

理論経済学においては、経済発展をどのように説明するかが一貫した課題であった。その過程で、成長経済では労働生産性が着実に上昇することが明らかになり、これが技術進歩によるものと認識されるようになった。このように新古典派の経済成長理論の中では、シュンペータのイノベーション論とは関係なく、経済成長の主要な要因として技術進歩は認知されているのである。

シュンペータは、技術進歩とイノベーションは同義語ではないと言い、イノベーションを技術進歩から切り離して立論している。しかし、彼がコンドラチェフのサイクルに着目したきっかけの一つに技術変化とそれに伴う投資を挙げていることにあったと考えられる。イノベーションのケースとして、新製品や新技術の開発を挙げているように、技術進歩の重要性も十分に認めている。ただ、起業家というあいまいな経済の外生要因を前提にしている点で古典的経済学とはまったく相容れないことになる。

 

生産関数

生産され供給される財またはサービスの付加価値生産額の増加合計額が国内総生産(GDP)。そのGDPの対前年増加率がいわゆる経済成長率である。国民1人当りのGDPがその国の豊かさを示す代表指標となっている。

20世紀初頭、経済学者P・ダグラスは統計学者C・コブの協力の下に20数年間のアメリカの製造業の生産量(Y)、労働投入量(L)、資本投入量(K)の間の量的関係を統計的に分析して、次の式で表されることを明らかにした。これがもっとも基本的な生産関数で、コブ・ダグラス型と言う。

Y=A・Kα・Lβ ・・・(1)式
α+β=1 ・・・(2)式

ところが、実際の生産額は資本あるいは労働の投入の増加量を超えて増加してきた。生産関数の係数Aが時間と共に増加しているのである。経済学者R・ソローはこの経時的増加の最大の要因が技術進歩にあると見なした。

Y=T(t)Kα・L1-α ・・・(3)式
t:時間(年)

係数Tの増加率が技術進歩の大きさを示すと見なされている。経済成長は生産される財やサービスが増加することである。財やサービスの生産は技術進歩によって生産性が向上しても増加するし、技術進歩を利用してこれまでの世の中にまったくなかった新しい財やサービスが発明され、新しい需要が創造されることでも増加する。

生産関数はソロー型から発展してα+β=1以外のケースにも適用されるCES型の生産関数もある。

 

全要素生産性TFPの向上は技術進歩の結果

生産関数から資本と労働の両要素を総合した生産性を求めることができる。上記の(3)式から計算される〔Y/T〕を全要素生産性(TFP)と呼び、資本と労働の効率を高めた効果を示すことになるから、技術進歩によるものだと考えられている。すなわち、経済成長は次のように分解できる。ΔTが経済成長に対する技術進歩の寄与分である。

ΔY=αΔL+(1-α)ΔK+ΔT ・・・(4)式

ソローは1909~1949年のデータを使って、アメリカの平均経済成長率:2.9%の内、技術進歩の寄与分が1.9%を占めていることを示した。全要素生産性の向上は技術進歩によるとは言いがたいものも含まれる。たとえば、作業に習熟することのよる生産性の向上や単純なスケールメリット、経営の効率化など。しかし、ソローらは細かく分析して、その87%は純粋に技術進歩によっていると述べている。

全要素生産性TFPが技術進歩の経済に対する影響を示すものだという見方は理論経済学では広く認められるようになっている。OECDの分析にも、TFPはしばしば登場する。たとえば、“最近20年間(1980~2000年)のOECD諸国の生産性の高い伸びは技術変化の波で説明でき、GDPに対する産業界の研究開発費比率の高い国ほど、全要素生産性に対するインパクトが大きく、そのインパクトは年と共に増大する傾向がある”と述べている。

日本でも、経済成長に占める技術進歩の寄与は大きかったとされてきた。 平成7年度の経済企画庁『年次経済報告』によれば、日本の経済成長期の成長率の4割強は技術進歩に支えられていたことになる。

科学技術白書によれば、我が国の経済成長(71~95年)に占める技術進歩の寄与率は約35%と計算されていて、我が国の経済成長の1/3は技術進歩によって達成されていたことを示している。

 

研究開発投資の利益率は

技術進歩と研究開発費の関係から研究開発費の経済効率を計算することができる。製造業が年間に費消した研究開発費の総額に対して、製造業全体が創出した付加価値額の増分のうちの技術進歩の寄与分、すなわち技術進歩による付加価値額の増分が研究開発費の経済的なリターンを見なすことが出来る。下表は私が日本の製造業について、研究開発費のマクロ的な利益率を試算してみた結果である。

図表2-5-1 製造業の成長要因分析と研究開発のマクロ的効率
(作成:原 陽一郎(原「研究開発部長完全業務マニュアル」アーバンプロデュース出版部)

年代(年)GDP(製造業)[平均、年](兆円)技術進歩の成長寄与率[平均](%)技術進歩による製造業のGDP増加額[平均、年](兆円)製造業の研究開発費[平均、年](兆円)研究開発のマクロ的効率(%)
A×BA×B/C
70~7539.52.91.11.295
76~8060.82.01.22.158
81~8581.72.31.94.245
86~90106.62.32.56.737

注)研究開発のマクロ的効率=技術進歩による製造業の付加価値増加額(毎年)/製造業の使用研究開発費(毎年)日銀資料、国民経済計算年報(経企庁)、科学技術研究調査報告(総務庁)のデータを使用。

利益率は大変に高いが、効率が年とともに減少している。OECDも似たような計算を行っている。これによると、研究開発の投資回収率は10~20%で、さらに、技術のスピル・オーバーのために、社会全体では20~50%に達し、極めて高率であるとしている。

 

日本の成長低迷はイノベーションの停滞から?

全要素生産性は技術進歩を計測する手段と見なされてきた。技術進歩を経済成長に結び付けるプロセスがイノベーションであるから、全要素生産性TFPをイノベーションの定量的な指標だと考えても不思議ではない。

OECDが発表したデータを用いて、80年代と90年代の主要国のGDP平均成長率とTFP平均成長率の伸び率の関係を図表2-5-2に示した。これまでの知見のとおり、全要素生産性と経済成長は対応関係が認められる。

図表2-5-2 GDP成長とTFP成長
(作成:東レ経営研究所)

ところで、図表2-5-2の日本のポジションに注目してもらいたい。日本は80~ 90年代、経済はほとんど成長せず、全要素生産性は逆に下がっているのである。TFPと研究開発費の支出額との間の関係も、これまでの知見とは異なる。日本はこの時期、異常だった。日本は研究開発費の投入額(産業界)を増やしているにも拘わらず、全要素生産性TFPは下がったのである。そして、成長性において80年代まで優等生だった日本経済は90年代以降、世界の経済からオチコボレてしまったのである。このことについては、8.1で取り上げる。

図表2-5-3 研究開発費の投入と全要素生産性の伸び
(作成:東レ経営研究所)

実質的な技術進歩はあっても、イノベーションにはまったくつながらなかった…そう考えるべきなのである。

確かに、全要素生産性の計算には技術的にいくつかの問題がある。全要素生産性のすべてを技術進歩あるいはイノベーションの効果と見なすことはできない。このことに気付いたのか、OECDはその後、全要素生産性の国際比較データの公表を止めてしまった。

イノベーションを経済政策の対象とするためには、イノベーションを数量化する必要がある。イノベーションの経済効果を計測する簡便な方法の開発にイノベーション政策の関係者は関心を寄せる。M.ポーターはイノベーションのパフォーマンスを国際比較するための指標を開発して、イノベーション・インデックスと名付けた。しかし、これは国際特許を代表指標としているので、イノベーションを直接、計測しているとは言い難い。

EUはイノベーションのパフォーマンスの国際比較のために、イノベーション・スコアボード(ベンチマーク法)を発表したり、企業を対象とする標準化されたイノベーション調査を試みたりしている。

イノベーションの研究者にとっては、イノベーションの定量的測定方法が喉から手が出るほど欲しいのである。

【目次】イノベーションとは何か

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