イノベーションの波及・発展

製品開発の世代交代

第2世代の開発ターゲットは第1世代の顧客の拡大、新しい顧客層の開拓を狙うことになる。続いて第3世代、第4世代と製品の世代交代が進むに従って、顧客層は次第に広がる。世代交代が進まなければ、イノベーションは大きく発展しない。

パソコンは世代交代を繰り返しながら、演算スピードと記憶容量を上げ、価格と大きさを減らしていった。クォーツ腕時計も新製品を出すごとに小型化し、価格が下がって、第1世代から15年後には、すべての要素で機械式腕時計を上回り、世界の腕時計のマーケットを制覇した。日本語ワープロは普及と共に価格が急速に低下し、ポータブル化を実現し、さらに原稿の電送も可能になった。ハイブリッド車は第1世代によるコンセプト・アピールに続いて、第2世代で収益性の確保と本格的なシャア拡大を果たした。宅急便はスキー用具、ゴルフバック、冷凍品などと逐次、サービスの対象を増やし、事業規模を拡大した。炭素繊維はスポーツ用具や特殊な産業用途から始まり、本命の航空・宇宙分野への用途開拓を進め、30年を経てようやく大型ジェット機の構造材に使用されるようになった。液晶ディスプレイは初期のデジタル・ウオッチや電卓、パチンコの表示板などでの応用から始まり、カラー化と大画面化でワープロ、パソコンに用途分野を広げ、15年を経て小型ながらカラーテレビが実現した。いまやテレビは大画面が当たり前になった。

 

技術のスピル・オーバー、フォロアーの出現と企業間競争

多数の企業が開発競争を展開した場合、特許関係が複雑になり、技術を独占することは難しい。新しい技術は特許で保護してもさまざまな理由でスピルオーバー(漏れ出し)し、結局は競争相手に流れていく。かつて、スイスが精度の高い腕時計の製造技術を守るために、腕時計用の工作機械の輸出を禁止したが、効果はなかった。

開発の主役企業が技術を開示する戦略を取った例もある。セイコー・エプソンはクォーツ腕時計の基本特許を広くライセンスすることを決定した。エプソン単独ではクォーツ式の普及は進まないと判断したからと言われている。スイスメーカにも国内の競争相手にもライセンスしている。シチズン時計は主要部品ムーブメントを商品化した。その結果、技術を持たないメーカーも精度の高い腕時計を作ることができるようになった。パソコンの技術はもともとオープン、これにIBMが部品の規格を公開したために技術は世界に一挙に拡散した。カップめんは日清食品の発明だが、今日では国内でも20社以上が商品を出している。知的所有権の確保は技術を独占するためのものではなく、事業戦略の有力なツールと見なすべきなのである。

技術のスピルオーバーは世界的に競争相手を増やし、市場競争は激化することになる。イノベーションの普及・発展には多数のフォロアーの出現と市場競争の激化が必要である。

世代交代の過程でシェアの逆転が起こり、主導する企業の交代が起こる。産業覇権国の交代はその大規模な現象である。

 

スウォッチ・・・スイスらしいイノベーションで巻き返しに成功

セイコー・エプソンの起こしたクォーツ革命によって、スイスの時計業界は壊滅的な打撃を受けた。しかし、スイスらしい戦略で世界市場での地位を回復した。現在、個数ベースでは香港が1位だが、金額ベースでは、スイスは世界のトップに帰り咲いている。

クォーツ腕時計の出現によって、スイスのシェアは42%(1970年)から6%(1985年)に激減し、スイス時計業の規模は1/3に縮小した。これに対して、スイスの業界は、人員削減とスリム化、企業の再編・統合、政府の援助、ムーブメントなど重要部品の輸出の強化などを進めた。

1978年、E・トンクがETA社(主要部品メーカー17社で結成した組合、エボーシュSAグループの主力企業)の社長に就任。彼は日本が強い中価格ゾーンでの競争を避けて、低価格ゾーンに戦略目標を絞り、(1)世界でもっとも薄いアナログ・クォーツ腕時計の開発、(2)10スイスフラン(約5USドル)以下のコストの実現を技術開発の目標とした。この目標は数年後に達成できた。優れた熟練工と生産技術の蓄積があったからと言われている。

次いで、18歳から30歳をターゲットにアメリカ市場を狙って、スイスの有名デザイナーを起用して、楽しさとファッション性を備えた製品を開発。アメリカの広告代理店やマーケティング・コンサルタントの意見を入れ、“スウォッチ”というブランド名を付けた。時計専門店にこだわらないマーケット・チャンネルを開拓し、ブランド・イメージを崩さないための仕組みも作った。低価格ゾーンにブランドを持ち込むマーケティングは過去に例のない画期的な試みであった。

1983年、“スウォッチ”の発売を開始。この戦略は1985年、時計メーカーの統合で設立されたSMH社に引き継がれ、急速に世界市場に広がっていった。90年頃には、“スウォッチ”は世界でもっとも知名度の高いブランドと言われるようになった。〔セイコー時計博物館、スイス人コンサルタント〕

液晶ディスプレイでは、覇権国の交代が劇的に生じた。90年代半ばまで、日本の企業が世界の市場をほぼ独占していたが、現在では韓国、台湾等のアジア企業にシェアを完全に奪われている。技術のスピル・オーバーが大規模に生じた結果、メーカーが乱立して、差別化型からコスト・リーダー優位のマーケットに変わったためと考えられる。

 

イノベーションの波及と発展

イノベーションが起業家から始まって多数の普通の企業へと広がっていくようになると、私たちの生活は大きな影響を受けて変化する。これが社会に大きな影響を与えるイノベーションである。パソコン、インターネット、スマートフォンなどのITは急速に生活の隅々にまで広がり、私たちの生活様式や価値観までを変える。

図表6-3-2 社会に大きな影響を与えるイノベーションの発展プロセス
(作成:東レ経営研究所)

しかし、このようなイノベーションは新市場創造型の中でも限られている。市場高度化対応のイノベーションの場合は、ほとんどがその当該する市場の範囲での普及、発展に止まっている。クォーツの場合はやや例外的で、時計機能が一般化することで、あらゆる面で自働化が進み日常生活は大いに影響を受けた。

【目次】イノベーションとは何か

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