産業の発展と興亡、そして産業覇権国の交替

経済発展の5段階

経済成長がはっきりとした形で観測できるようになったのは産業革命以降のことである。いわゆる工業化社会も産業革命から始まった。産業革命を契機として財(製品や建物・構築物)の生産様式はそれまでの時代とは大きく変化した。家庭内で行われていたモノ作りは工場の中で組織化された工場従業員が機械と共に働く工場生産制に置き換えられ、工場法という法律が制定され、資本家と労働者という新しい社会階級が生まれた。

経済学者W・ロストウは産業革命を基準として社会発展を5つの段階に分けた。彼によると、あらゆる社会は食糧に対する第1次的欲求の充足に基礎を置く原始的段階から出発して、離陸(テーク・オフ)の先行期、離陸(テーク・オフ)期、成熟期を経て高度大量消費の時代へと発展する。離陸期が産業革命に当たり、この時期から経済成長が始まり、社会は発展する。その原動力が技術進歩であると彼は明確に説明している。

あまり知られていないが、彼は第5段階・高度大量消費の時代の後に第6段階として、人々は所得を増やすとするよりも余暇を楽しむ時代、所得の限界効用が低減する時代の到来も予測していた。

ロストウはテーク・オフの条件を3つ挙げている。(1)純国民所得に占める純投資の割合が5%から10%に上昇すること、(2)高い成長率を持つ1つ以上の製造部門が経済の他の分野を誘導すること、(3)成長を持続化できる政治機構が存在すること。これらの条件を当てはめると、テーク・オフの時期はイギリスが1783~1802年、フランスとベルギーが1830~60年、アメリカが1843~60年、ドイツが1850~73年、日本が1878~1900年(明治期)、ロシアが1890~1914年、カナダが1896~1914年になる。

テーク・オフの先行期以降の持続的な経済発展は加速化する技術進歩を拠りどころに、あらゆる産業分野で競い合って興ったイノベーションの連鎖によって実現したのである。

 

新しい産業の誕生と発展

18世紀後半以降、画期的な発明が数多く生み出され、それを切っ掛けにイノベーションが活発に起こった。そして、イノベーションが市場に若々しい刺激を与え、古い産業は活力を与えられ、新しい産業が興ったりした。近代産業の発展は数々の発明の上に築かれたのである。

図表2-4-1に挙げた主要な発明はいずれもが画期的なイノベーションに発展し、その多くは新しい財(製品)やサービスを市場に提供する新しい産業の出発点になった。これらの多くは科学技術の進歩の応用である。

図表2-4-1 主要な発明と産業の発生
(作成:原 陽一郎、原、安倍「イノベーションと技術経営」(丸善))

 

繊維産業の西進論

近代的繊維産業は18世紀後半、産業革命によって勃興し、イギリスはインドの伝統的な綿糸・綿布産業を抜いて世界最大の繊維製品生産国となった。その最盛期に、イギリスで生産される綿糸、綿布の80%以上が世界市場に輸出されていたと言われる。19世紀後半になるとアメリカの繊維産業が盛んになり、イギリスから覇権を奪った。20世紀に入ると、日本が台頭し、最大の輸出国となった。現在は中国が生産量、輸出量ともに世界最大である。繊維産業の覇権国が地球を西に向かって移り変わったので、これを繊維産業の西進論と言われる。

グローバルな市場に対応する産業の場合、その産業の覇権国が交替する現象は繊維産業ばかりではなく、多くの産業で見られる。農業社会からの伝統をもつ製造業、すなわち繊維産業、製鉄業、化学工業あるいは機械工業などは産業革命の洗礼を受けて近代的製造業に転換した。したがって、18世紀後半から19世紀前半にかけて、これらの産業がもっとも栄えた国はイギリスであった。しかし、産業革命が伝播するに伴い、新しい市場を求めて覇権を握る国は移転した。こえが産業の国際競争である。

覇権国の移転は、ロストウの言うテーク・オフの時期に対応して進んでいる。必ずしも西周りだったのではない。

図表2-4-2 産業の覇権国の推移
(作成:原 陽一郎、原、安倍「イノベーションと技術経営」(丸善))

 

成長市場を持つ国が覇権を握る

18世紀から19世紀前半にかけて、イギリスが当然、製鉄業をリードした。繊維機械、蒸気機関、鉄道、蒸気船など鉄の需要の増大に応えるべく、コークス炉、ベッセマー法、トーマス法など生産性と製品の品質を高める革新的製鉄技術はイギリスで開発された。鋼の製品化も行った。やがて、イギリスの鉄の生産量は停滞し、1890年頃、急速に生産を増大させたアメリカに、さらに1900年頃にはドイツにも追い越された。アメリカにおいては工作機械、高層建築、自動車が鉄の大きな需要を生み、それに対応してアメリカの製鉄業界は連続大型生産技術を確立し、高速度鋼も開発した。ドイツは兵器や産業機械の生産に力を入れ、ジーメンス平炉、圧延機の開発を成功させ、ステンレス鋼を発明した。そして、1970年代、そのアメリカもドイツも直線的に成長した日本の製鉄業に追い越された。日本は、高度成長を支える需要の急拡大に対応して生産を拡大し、LD転炉を完成させ、省エネルギー型の高品質生産管理技術を確立し、さらに自動車の軽量化に対応する高張力鋼を開発した。20世紀末には、中国が高度成長による国内重要の増大に対応して、生産量を急増させ覇権国の地位を握った。

化学工業もイギリスから始まり、ドイツに移り、今日ではアメリカがドイツの地位を脅かす状況にある。イギリスは繊維産業の興隆で酸アルカリの需要の増加に対して、ルブラン法などの開発でリードした。ドイツは石炭乾留工業のやっかいな廃棄物石炭タールの有効利用から生まれた有機合成化学でリードし、合成染料と合成医薬という新しい成長市場の主導権を握った。20世紀後半になると、アメリカは大規模な石油精製業をベースに石油化学を興して合成繊維やプラスチックの開発に成果を挙げた。日本は量産型の汎用製品では欧米に遅れをとったと言われていたが、高付加価値化を指向してデジタル材料などの高機能性材料の分野では世界のシェアを握るに至っている。

日本の産業の国際競争力の低下でよく話題に取り上げられるテレビに代表される家電製品はアメリカで興った産業だった。エディソンの電灯システムの発明と市場開発から始まり、数々の家電製品がアメリカで発明され、市場に出て行った。日本の家電メーカーは欧米の家電製品の模倣から始まる。そして、高度成長期の追い風に乗って欧米のメーカーを追いつき追い越した歴史がある。テレビもアメリカで生まれたが、日本のメーカーに壊滅させられた。その理由は、アメリカの家電メーカーがテレビの進化で完全に遅れをとり、アメリカ市場をも日本のメーカーに明け渡すことになったからである。その覇権は、今、覇権は韓国、中国に移った。

 

産業の空洞化

イギリスで1950年代、製造業全体の雇用が減少する問題に対して空洞化de-industrializationという言葉が使われた。次いでアメリカの1980年代。製造業が相対的、絶対的に縮小と弱体化する現象を意味する言葉である。

業種別に見ると覇権を失うことによって、その業種が空洞化する現象は古くから起こっていた。覇権の交替は一国の産業・経済の盛衰に関わる。多くの国は、それを食い止めようと、たとえば、貿易を規制するなどの努力が行われた例は少なくないが、成功したことはない。

前述したように、ある産業の覇権国の交替はその産業の市場が成長期にある国に移る。今、中国が覇権を握ろうとしている産業は多いが、これは中国が世界の中でもっとも大きな市場で成長率が高いことと大いに関係がある。しかし、それだけではない。イノベーションを伴わない生産規模だけの覇権国は真の覇権国と言えるのか。かつて、アメリカの経済学者クルーグマンは生産性の向上、すなわちイノベーションを伴わない東南アジアの経済成長を“幻の経済成長”と言った。中国はこれからそれを問われることになるだろう。

【目次】イノベーションとは何か

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