イノベーションの経営学

ドラッカーのイノベーション経営学

ドラッカーは、経営学の立場でイノベーションを正面から論じた唯一の経営学者だろう。その著『イノベーションと企業家精神』中で、経営者がイノベーションで心掛けるべきこととして、次を挙げている。

(1)イノベーションのチャンスを徹底的に分析すること
(2)消費者に目を向けて知覚を働かせること
(3)簡単な構造で焦点を絞ること
(4)現在のニーズに焦点を当てて小規模に始めること
(5)トップを狙って行うこと

さらに、イノベーションの機会を探す場を8つ挙げた。すなわち、(1)予期せざるものの存在、(2)調和せざるものの存在、(3)必然的に必要なもの、プロセス上のニーズの存在、(4)地殻の変動、産業や市場の構造変化、(5)人口構成の変化、(6)認識の変化、これらはすべて変化に対する洞察に基づくものである。さらに、(7)新しい知識の獲得と、もう一つ、(8)アイデアに基づくイノベーションを挙げている。

ドラッカーは、この中で、経営者がもっとも重視すべきは「変化の洞察」に基づくもので、これがもっとも成功確率は高いと言う。新しい知識に基づくもの(7)の典型は新技術をベースとしたイノベーションで重要で目立つが、リスクは大きいとする。したがって、慎重なマネジメントが必要だと言う。アイデアに基づくもの(8)は華やかで実際に重要で有名なイノベーションが含まれているが、成功確率は極めて低く、成功の条件を見つけ出すことが出来ていない。したがって、まともな経営者は手を出すべきではないと警告している。

慎重であるべき新知識に基づくもの、新技術に基づくもの(7)を成功させる要件は、

・イノベーションに必要な要素をすべて分析すること
・イノベーションの位置付けを明確にして、戦略を定めること
・起業家的経営管理を実行すること

上の要件の一つ、「起業家的経営管理」、すなわちベンチャー企業の経営者が心がけるべき要件は、

・市場志向
・財務上の見通し
・トップマネジメント体制の構築
・創業者の役割の明確化と他の協力者との関係

以上が、ドラッカーが説くイノベーションの経営学である。彼は技術やモノに関するイノベーションをあまり高く見ていないところがある。

 

研究開発は企業業績に貢献するのか

市場環境の変化に対応するためには、新製品・新サービスの開発、さらには新規事業の開発が必要だという考えは経営者が古くから認識していた。

しかし、短期的に見て企業の研究開発活動が企業の業績にどの程度の影響を与えるのかは、古くから問題視されてきた。これまでに、研究開発費の投入と企業業績の関係をデータに基づいて分析した例は少なくない。それらによると、企業の売り上げの成長率と売り上げに対する研究開発費比率との間には、若干の相関性は認められている。しかし、利益に対しては相関が認められて例はないようである。

通産省はかつて『総合経営力指標』調査を行っていた。平成8年度版では、経営目標に「新製品開発」をトップに挙げている企業の業績は、他の項目「シェアの維持・拡大」「海外拠点の増強」「コスト削減」「多角化・事業転換」を挙げる企業よりも5%有意で業績が良いこと、経営戦略の重点を「研究開発の強化」としている企業は、「マーケティング力の強化」「コスト競争力の強化」に重点を置く企業よりも5%有意で業績が良いことが報告されている。

このように、研究開発を中心とするイノベーション活動、新製品の開発が企業業績の向上に寄与することはある程度、検証されてはいるが、必ずしも無条件に認められてはいない。

 

企業のドメインとイノベーションの相性

イノベーション成功の確率を上げるための原則はなにか。これは経営学の大きな課題であるはずだが、研究例はあまり多くはない。

私は東レの経営スタッフのとき、東レの新事業戦略のあり方に疑問を感じ、日本化学会化学技術賞を受賞した約100例(すべて事業化されていた)の追跡調査を行ってみた。その結果は驚くべきものであった。学会賞を受賞するほどの評価を受けた研究開発成果であっても、事業化した後に失敗し、事業を中止したものが3割ほどもあったのである。中には、その失敗で企業本体が経営危機に陥りかけた例もある。

失敗の事例は、技術と市場でその会社の得意領域から離れている、未知、未経験の領域に集中している。成功事例は、新製品については市場を熟知しているか、その周辺、技術でも得意かその周辺であって、技術:得意、市場:周辺ではすべての事例で大成功なのである。新プロセスについては、市場は熟知、技術では得意と周辺でほとんどが企業に貢献している。成功確率はその企業の事業領域との密接な関係があることが明確になった。

図表3-3-1 本業からの距離とイノベーションの成功確率
(作成:原陽一郎、原「科学技術と経済の会・第8回技術予測シンポジウム予稿集」(昭和54年))

このような研究は、その当時、まったく存在しなかったので、関係者には注目された。その後、3M社(アメリカ)が自社の新製品の成功確率を調べて、学会誌に発表している。結果は同じで、自社の事業領域内で成功率は際立って高く、離れるほど低くなっている。

 

多角化戦略の理論

企業はイノベーションによって常に成長、拡大を指向する。ペンローズが説いたように、その結果、企業は事業を多角化する。ところが、多角化することで経営者は限られた経営資源の配分に悩まされるようになる。

ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)は、製品の累積生産量が倍加するごとにコストが10~30%低減することを見出し、これを経験効果と呼んだ。つまり、生産量で先行することでコスト上の競争優位を獲得することができる。BCGは自社の市場シェアと市場の成長性を軸にとって、事業を4象限に分類する「プロダクト・ポートフォリオ法(PPM)」を提案し、シェアが高く成長性の高い領域の事業を経営上で優先し、両者とも低い事業は捨てることを勧めた。これは多角化した企業の経営戦略を立てる際の重要な手法となった。ただし、成長性の低さだけで事業を捨てる経営には問題がある。伝統あるアメリカの工作機械業界が世界市場で日本の業界にとっと変わられた遠因と言われている。

ハメット、プラハラッドはその著作『コア・コンピテンス』の中で、自社の強さの中核から離れた事業は成功しない、自社の強みに集中すべきだと主張した。これ以降、経営戦略で本業回帰が流行った。

 

アプリケーション・イノベーションが最善

経営の立場から、新製品開発のようなイノベーションをどのように見ているのか。D.ゴベリ(オレゴン州立大学)らはプロダクツ・イノベーションについてアメリカの経営者の見方を大規模に調査した。

そして、経営者たちは技術の革新性は高くても市場の評価が低い「テクニカル・イノベーション」がもっとも迷惑、技術革新度が低いが市場の評価が高い「アプリケーション・イノベーション」が、市場での失敗のリスクも低く、収益性も高く、したがって、もっとも望ましいと考えていることを明らかにした。ゴベリはアプリケーション・イノベーションの例にソニーのウオークマンを挙げている〔原『研究開発部長業務完全マニュアル』〕

図表3-3-2

東レでの分析でも、アプリケーション・イノベーションに分類される新製品、これらは地味で社内でもほとんど話題にならないのだが、全社の業績がこれらに圧倒的に支えられていることが明らかになった。メガネ拭き「トレシー」はその典型、家庭用浄水器「トレビーノ」もそれに類する。それ以来、東レでは「アプリケーション・イノベーション」が技術経営(MOT)のキーワードになった。

【目次】イノベーションとは何か

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