イノベーションのキャラクタリゼーション

市場とのつながり、技術とのつながり

アバナシーは『The Productivity Dilemma』を書いた後に、とくに日本の企業のイノベーションの事例を見ていて、イノベーションには新しい市場を創る出す方向と、市場の求めに応じてより高度なものを追求する方向の2つがあると考えた。彼が亡くなる少し前、私はたまたまアバナシーと議論する機会があって、そのときのメモをベースに、私の考えも入れて作ったものが図表5-2-1である。

彼はイノベーションを市場と技術の両面で、その向かっている方向に着目して分類することを提案した。すなわち、「製品と市場のつながりに与える影響力」として、新しい市場を創る出す方向と、既存の製品をより高度な性能・機能に高める方向を対立軸とし、また、「生産システムに与える影響力」として、その新製品を作る生産システムが技術的革新性の高い方向と、既存の生産システムをより洗練、深化させる方向を対立軸として、それぞれの軸のどこに位置するかで、そのイノベーションの特徴を示そうとした。〔W・アバナシー『インダストリアル・ルネッサンス』〕

図表5-2-1 イノベーションの分類
(作成:アバナシー、原)

図表5-2-1のように、イノベーションは大きく4つのカテゴリーに分けられる。アバナシーはそれぞれを「アーキテクチャル」、「マーケター」、「レボリューショナル」、「テクニカル・プログレス」と名付けている。

この分類カテゴリーは、これまでに提案されてきたイノベーションの分類も包含することができる。私たち東レ経営研究所は、4章において「生産の高度化」「製品の高度化」という2つのタイプのイノベーションが市場競争の決め手となることを示した。これらは市場すなわち顧客のニーズの高度化に対応する。

プロダクト・イノベーションは市場創造型の2つのカテゴリーと市場高度化対応型のレボリューショナルが対応し、プロセス・イノベーションは市場高度化対応のテクニカル・プログレスが当たる。そして、「破壊的イノベーション」は、市場創造型の領域の高いレベルに位置するものである。

 

事例を特徴で分けて見ると

私たちの身近には多数のイノベーションの事例がある。その多くについて、私たちはその内容を良く知ることも、その開発の経緯も調べることも出来る。私たち東レ経営研究所が行ったイノベーションに関する一連の調査研究の過程で、その経緯を詳しく調べ、その特徴を整理分類した。取り上げた34事例の選択にとくに基準はないが、いずれも開発のいきさつや事業化の結果について、情報が公に開示されているものである。

図表5-2-2 イノベーションの事例(作成:原 陽一郎)

イノベーションの事例最初の事業開発主体ビジョンを描くに至った動機需要と技術の関係最初の

ニーズ

技術分類タイプ波及

発展

国籍(企業名)既存/V
自動織機日(豊田)V社会的課題D→T→差別化既存R
空中窒素固定法独(BASF)既存社会的な要請D→hT→汎用新科学A特大
ナイロン米(デュポン)既存市場高度化対応D→hT→差別化新科学A特大
PNC法日(東レ)既存競争力の向上D→hT→汎用既存R
シルクライク糸日(東レ)既存市場高度化対応D→T→差別化既存M
スエード調人工皮革日(東レ)既存競争優位の創出D→T→ニッチ既存M
カラオケVひらめきD→S→ゼロ既存M
クォーツ腕時計日(セイコー)

スイス

既存競争優位の創出D→hT→ニッチ新技術R特大
高性能炭素繊維日(東レ)、英既存競争優位の創出h T→D→ニッチ新技術C
集積回路米(TI)V社会的な要請D→T→ニッチ新科学A特大
NC工作機械、米既存市場高度化対応hT→D→差別化新技術R
ホームVTR日(ビクター)既存競争優位の創出D→Tゼロ既存A
ジェット織機、欧既存市場高度化対応D→T→差別化新技術R
カップめん日(日清食品)VひらめきD→T→ゼロ既存M
パソコン・ソフト米(MS)VひらめきD→S→ゼロ既存M特大
ベンチャーキャピタルV市場高度化対応D→S→ニッチ既存M
NASDAQ既存市場高度化対応D→S→ニッチ既存M
パソコンV社会的課題D→hT→ニッチ新技術A特大
インターネット米(国)社会的な要請D→hT→
液晶ディスプレイ、米既存競争優位の創出T→D→ニッチ新技術A特大
イタリア・ファッションVひらめきD→S→ニッチ既存M
光ファイバー既存市場高度化対応T→D→差別化新科学R
日本語ワープロ日(東芝)既存ひらめきD→hT→ゼロ新技術A
マイクロプロセッサー米(インテル)V市場高度化対応D→hT→ゼロ新技術A特大
宅急便日(大和運輸)既存競争優位の創出D→S→ニッチ既存M
バイオ医薬ビジネスVひらめきhT→D→ニッチ新科学A
台湾半導体台湾V競争優位の創出D→T→差別化既存TP
ネットビジネスVひらめきD→S→ニッチ既存M特大
インターフェロン製剤日(東レ)既存市場高度化対応hT→D→差別化新科学R
めがねふき日(東レ)既存ひらめきT→D→ニッチ既存M
新合繊既存競争優位の創出D→T→ニッチ既存M
アイボ日(ソニー)既存ひらめきS→D→ゼロ既存M
iモード日(ドコモ)既存競争優位の創出D→S→ゼロ既存M
ハイブリッド車日(トヨタ)既存競争優位の創出D→T→差別化新技術R


1)イノベーションの事例…太字、アンダーラインは本書で具体的事例として取り上げているもの。
2)最初の事業主体…ベンチャー企業:中小企業とそれに準ずる企業を含む
3)動機…社会的課題:社会全体が直面している課題の認識と挑戦、社会的な要請:社会的課題解決の要請への対応、競争力の向上:企業の市場競争力の向上強化を狙った挑戦、市場高度化対応:より高度な市場ニーズへの対応した新製品、ひらめき:潜在的な市場ニーズの気付きと事業化のひらめき、競争優位の創出:競争優位を確保するための挑戦的創造
4)需要と技術の関係…D→T→:需要から必要な技術を開発、T→D→:新技術から応用できる需要を開発、技術開発についてTは工業技術の開発、S:はソフト、システム等の開発、hTは先端技術(ハイテク)を示す
5)最初のニーズ…ゼロ:まったくない、ニッチ:マニア的ニーズは存在、差別化:似た種類の製品が存在
6)分類タイプ…A:アーキテクチュアル、M:マーケター、R:レボリューショナル、TP:テクニカル・プログレス
7)技術…既存:既存技術の応用、新科学:新規の科学的発見の活用、新技術:新規の要素技術の開発が必要
8)波及・発展…特大:社会全体に影響を与えたもの、大:一つの産業に発展、中:大型新製品群に発展

需要と技術の関係の欄は、需要側の新しいニーズに基づいて技術が開発された(デマンド・プル)のか、新しい技術を応用できる需要側のニーズを開発する(テクノロジー・プッシュ)か、開発の方向を示した。

 

イノベーションの分類体系

最終的に纏めると、図表5-2-1のイノベーションの分類は次のようになる。即ち、市場創造型はハイテク型(アーキテクチュアル)とビジネスモデル型(マーケター)に分けられる。「製品の高度化」「生産の高度化」は市場高度化対応型のイノベーションと位置づけることができる。

図表5-2-5 イノベーションの分類
(作成:原 陽一郎)

東レ経営研究所が行った市場高度化対応型についての考察を加えると、イノベーションの分類体系は次のように整理できる。

図表5-2-6 イノベーションの分類体系
(作成:原 陽一郎)

【目次】イノベーションとは何か

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