企業の中でのイノベーション・システム

イノベーション戦略のパターン

東レ経営研究所が日本機械工業連合会の委託で行った「戦略的技術マネジメントに関する調査研究」で、企業のイノベーションに対する取り組みの姿勢が、市場ニーズが読めるか読めないかで大きく4つの分けられる可能性を見出した。

図表7-4-1 イノベーション戦略のパターン
(作成:原 陽一郎)

その企業がどの戦略パターンを取るかによって、社内の組織の在り方や取り組みの姿勢に違いが生ずることになると考えられる。

図表7-4-2 イノベーション戦略と社内のマネジメント
(作成:原 陽一郎)

コンセプトセッター型では、通常のマーケット・サーベイでニーズを事前に確認することはできない。人は具体的にモノを見ない限り、評価ができないものである。この領域での新製品開発は失敗する可能性が高いので、マネジメントの上での工夫が必要である。アメリカの3Mはこの領域を得意とするが、事業撤退のルールが極めて厳しく、赤字を続けないマネジメントが行われている。

すでに述べたように、既存企業にとっては、イノベーションの領域を選ぶ必要があるし、得意で経験のある分野から離れているときは、不足している能力の補強を予め考えておかなければならない。イノベーション戦略のタイプにも気を付けなければならない。戦略的な検討がなくてはならない。

 

MOTの意義

Management of Technology、MOT(技術経営)は「技術に立脚する事業を行う企業・組織が持続的発展のために、技術が持つ可能性を見極めて事業に結びつけ、経済的価値を創出していくマネジメント」と説明されている(経済産業省)。技術の可能性を見極めて事業に結び付けるのが研究開発機能の役割である。

しかし、研究開発がイノベーションに効率よく貢献するには、どのようにマネジメントすべきかは企業が研究所にとって永遠の課題であった。古くから言われてきた研究開発マネジメントは研究開発のプロセスを中心とした議論であったのに対して、MOTは蓄積されている技術ストックも視野に入れて、技術と市場を結び付ける事業モデルをも考えようとする点で、マネジメントの視点は広いと考えられる。

図表7-4-3は東レ経研究所が提案したMOT教育カリキュラムの構造である。東レ経営研究所はこのカリキュラムに基づいて、企業向けのMOT研修プログラムを実施している。

図表7-4-3 MOT教育のコンセプト
(作成:東レ経営研究所)

MOTがアメリカで盛んになった背景には、日本の製造業の国際競争力の強さへの強い問題意識があった。三菱総研によれば、MOTの体系化されて知識や概念のほとんどが、日本の企業が当たり前のように日常的にやっていたことばかりとのこと。日本の企業はそれを改めて勉強し直していることになるのだが、形式知化されていなかったために、組織能力にまで高められなかったのではないか。

 

研究開発のパフォーマンスを高める基本原則を探す…第3世代のR&D

既存企業のイノベーション機能は研究開発部門とマーケティング部門が担う。これらを中核にイノベーション・プラットフォームが形成される。研究開発活動を効率良くイノベーションに結び付けるプラットフォームの条件は何か。

1985年、アメリカ産業研究協会(IRI)・R on R委員会が出した結論は、“研究開発からのリターン(収益)は研究開発部門だけの責任ではない、経営全体の努力、社内現業部署(生産、販売)の協力がなければ向上しない”と言うことであった。プロジェクト計画やプロジェクト編成も重要な要素としている。

東レは開発プロジェクトが計画通り進まない原因の9割は開発プロジェクトの資質と能力に問題があるためと分析し、開発リーダーの育成を重要な経営課題とした。

東レ経営研究所は日本機械工業連合会の委託で研究開発マネジメントに関する包括的な調査で、研究開発が企業の業績に明らかに貢献している企業には、次のような共通点があることを見出した。

・特徴のある重点化された研究開発マネジメントを行っていること。
・企業のコンセプト、経営戦略が明確で、これが研究開発部門全体に浸透していること。
・マネジメントは開発に重点を置き、開発に対しては目標の達成、期限などで厳しくコントロールしていること。

F.ラッセルは『第3世代のR&D』の中で、研究開発マネジメントは時代と共に段階的に進化して、現在は第3世代だと言った。「第3世代」とは、経営レベルでの目的志向、経営戦略と研究開発の整合、関係部署の連携強化がキーワード、“研究開発を孤立させてはならない”と訴えた。

上記のような知見を総合すると、企業の中のイノベーション・プラットフォームの必要条件は、統合された戦略の下に、市場の洞察⇒コンセプトの創出⇒開発⇒事業化の全プロセスに、研究開発、マーケィング、生産の力を組織を超えて結集させることに尽きることになる。

「第3世代のR&D」を実際に実現したのが東レの「技術センター」の仕組みである。東レの試みはラッセルの影響ではないが、同じ時期(1980年代後半)にまったく同じ問題意識で、組織を超えるマネジメント・システムを構築した。この仕組みは確立してからすでに25年以上を経ているが、まったく修正されずに今日まで東レの経営を支えてきた。

 

東レの技術センター…一部屋に押し込めたら仲良くやるだろう

1975年ころ、東レはニクソンショック、オイルショックの影響を受けて、経営危機に陥った。その当時の社長、藤吉次英は経営再建のプロジェクト・チームを設置して、経営立て直しの陣頭に立った。この時、藤吉は研究開発部門の在り方に大きな問題意識を感じていた。“研究開発は企業が社会環境の変化に対応するときに助けてくれるもの、今、大きな環境変化に直面して苦しんでいるときに助けてくれない、どこに問題があるのか”。藤吉は研究開発、技術、設計の間の組織的な連携の悪さに問題の根源があるのではないかと感じていた。

研究開発本部は78年ころから藤吉の問題意識に応えるべく研究管理者層の意識改革、領域の重点化、開発のマネジメントの強化などの改革を進めたが、研究開発のパフォーマンスの改善ははかばかしくはなかった。藤吉は組織で解決できないかと考え、トップ・マネジメントの中で、繰り返し検討をさせた。社長は伊藤昌壽に変わったが、研究開発に対する問題意識は継続した。

結局、組織はどう変えても問題は解決しないという結論になって、それならば、研究開発本部、生産本部、エンジニアリング部門の担当役員と企画スタッフを一か所に集めて、役員の連絡会を定期的に開くことを決定した。85年、複数の研究所とエンジニアリング部門が所在している滋賀事業場にオフィス・ビル(技術センター)を建設、関係役員と関係スタッフ部署は滋賀に集中した。

伊藤社長は技術センターを「現在および将来の事業戦略を技術的観点から総合的に協議し、方針の整合を諮る場」と説明し、目的は「市場で勝つ研究開発と研究開発のスピードアップ」とした。毎月開く技術センター役員会とその事務局の技術センター企画室がそのヘッドクォータ機能を果たすと位置づけた。技術センター役員会の決定は各本部・部門長の合意により、その実行の責任は各本部部・部門長が負い、実行状況は技術センター企画室がチェックすることに原則を設けた。技術センターは情報の共有化が不可欠と考え、“外からも内からも見え易く分かりやすく”をキーワードとした。

技術センター役員会は同社の研究開発が抱えている問題の原因を具体的に議論することで全体の意識の統一を図った。そして、問題を確認すると解決の具体策を順番に決めていった。最初に決めたことは、全社のすべての事業に対して、事業部と次年度以降の研究・技術開発計画を調整・決定する会議(MPR)を開催すること。そのために、生産本部、エンジニアリング部門、事業本部所属の技術、製品開発、設計の担当部署各部も研究所と同様の方式で、研究開発テーマを設定し、達成目標と達成期限を明確化するルールを作った。事業戦略の表明、研究開発費の負担など研究開発テーマに対する事業部の責任も明確に規定した結果、事業部側の研究・技術開発に対する意識は格段に高まった。同時に、全社の研究・技術開発計画の全貌がトップにも事業部門にも詳しく分かるようになった。このようにして、88年ころには、組織の壁を超える全社研究・技術開発マネジメント・システムが作り上げられた。

その結果、全社的に研究開発のスピードは上がり、利益率の高い新製品の数が増え、企業業績への貢献は客観的に確認できるようになった。技術の専門別構成、競争力も全社的に把握でき、将来に向けての技術戦略を立てることも容易になった。〔東レ〕

 

オープン・イノベーション…第4世代のR&D

『第3世代のR&D』が出版され25年以上経つが、少なくても日本では技術経営はこの段階に達している企業は少ないとMOTの専門家は見ている。ところが、議論は次のステージ、「第4世代」に進んでしまっている。W.Miller、L.Morrisは『The Fouth Generation R&D』と題する本を刊行した。邦訳はない。

Millerらは、アイデア⇒開発と試行⇒市場への定着のすべての段階で、R&D、マーケティング、生産の社内組織間の連携はもとより、顧客、パートナー等の社外とも協力して開発から事業化を進めるマネジメント・システムを作り上げなければならないという。「第4世代のR&D」は、相互にリンクしている顧客のニーズと技術的な可能性を相互に学習するR&Dのプロセスであって、競争相手より素早く学習することが競争優位性を継続する唯一の道と言っている。

アイデア段階から企業の壁を越えて、開かれた環境でイノベーションを推進する「オープン・イノベーション」の時代になると訴えたのである。日本でのオープン・イノベーションの最初の例はNTTドコモのiモードの開発。シリコン・バレーでのネットビジネスの開発もオープン型と言われる。「知識経済」の下でのイノベーションはオープン型が主流になるのか。その時、知的所有権の問題はどうなるのか。

ベンチャー企業、中小企業にとっては、オープン・イノベーションは当然のこと。既存の企業にとっても、社会的に開かれた公的なイノベーション・プラットフォームが必要になってきている。

【目次】イノベーションとは何か

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