産業の高度化と国際競争力

1985~1995年は日本の産業が試された10年間

1985年から1995年にかけての10年間は極度に激しい円高が進んだ時期であった。円レートは、238円/ドルから94円/ドルに上昇した。10年間に2.5倍に高騰したのである。国内ベースの生産要素、人件費やエネルギー・コスト、通信・輸送コストは自動的に2.5倍になってしまったのである。

世界の産業界で、こんな異常な競争環境の変化を経験したところは他にない。この期間に日本の製造業はどのようにふる舞い、どう変わったのか、その変化の構造を解明すれば、産業の国際的な競争関係を左右する要素を探り出すことができる。

私たち東レ経営研究所は日本機械工業連合会から、上記の問題意識に基づいて調査研究「機械工業の高度化」を委託された。その中で、データの取りやすい製品系列について、輸出入の変化と、その間にその業種が競争力を維持するために、どのような経営努力を行ってきたのかを具体的に調べた。

 

高度化ランクと貿易の偏り係数

輸出入額については貿易統計で確認できる。いくつかの製品系列については、「高度化」という視点で、その経営努力を工業統計や個別業界の統計等から、1985年時点と1995年時点の定量値を求めて、10年間の変化を比較することができる。対象とした製品系列は業界独自の統計を利用できた機械製品と繊維製品の分野である。

図表4-2-1 高度化指標の算出
(作成:東レ経営研究所)

高度化のタイプ算出した定量的指標
生産の高度化生産量/従業員数、出荷額/従業員数、付加価値額/従業員数
製品の高度化出荷額/生産量、付加価値額/生産量、付加価値額/出荷額

 

労働生産性の向上に関するものを「生産の高度化」とし、付加価値のより高い新製品開発に関するものを「製品の高度化」として、その向上の度合いを総合的に見て、高度化のランクを0から4目で5段階評価を行った。ランク0はほとんど向上が見られなかったことを示す。

図表4-2-2 製品の高度化と生産の高度化
(作成:東レ経営研究所)

「製品の高度化」ランク4の外衣、シャツでは生産量当たりの売上げは1.3倍、付加価値は1.4倍に。テレビは共に1.5倍に向上。「生産の高度化」ランク4の不織布では、1人当たり生産量は2.3倍、1人当たり売上げは1.3倍に。鋼船では、1人当たり生産量は1.7倍、1人当たり付加価値が1.8倍に向上している。「生産の高度化」ランク△1の外衣では、1人当たり生産額が0.95倍、テレビではこれが0.85倍と減少している。製品、生産の高度化で共にランク0のビデオはすべての指標で進歩がない。

図表4-2-2に、「生産の高度化」ランクと「製品の高度化」ランクに対応して製品系列を示し、各製品系列の85年から95年時点の「貿易の偏り係数」の変化を付記した。

表から明らかなように、「貿易の偏り係数」をプラスのまま維持した製品系列では、「生産の高度化」あるいは「製品の高度化」でそれぞれに実績を挙げてきていた。その実績がはかばかしくなかった綿紡績はすでに国際市場での存在感を失っており、これに加えてこの期間にカーペット、合繊紡績は輸入超過に陥った。外衣、シャツは製品の高度化では大いに成果を挙げたが、国際市場での地位を高めることはできていない。テレビは製品を大いに高度化したが、輸出の減少、輸入の増加は進んだ。

輸入と輸出の価格を比較すると、日本の製品の国際市場でのポジションが分かる。たとえば、1995年頃、外衣では、中国からの輸入は1点当たり平均1千円、ヨーロッパからの輸入は1万以上に対して、日本からの輸出は6千円前後。つまりヨーロッパは高級品、日本は中級品、中国は低価格品でマーケットを掴んでいたのである。テレビでは輸入単価が1万7千円、輸出単価は5万3千円であった。同じ製品系列でも平均でこれだけの価格差があることを知っておくべきだろう。日本製と中国製ではカテゴリーが違っているのである。

「生産の高度化」ランクと「製品の高度化」ランクを単純に合計したものを「総合的な高度化」ランクとして、各製品系列の「貿易の偏り係数」の変化幅との関係をグラフ化すると、強烈な円高シフトの影響で、ほとんどの製品系列で「貿易の偏り係数」の落ち込みが生じているが、総合的な高度化ランクが低いほど、つまり高度化の実績がはかばかしくない製品系列ほど、貿易の偏り係数の落ち込みが大きい傾向がはっきりと認められる。

図表4-2-3総合的な高度化ランクと貿易の偏り係数の変化
(作成:東レ経営研究所)

「生産の高度化」によって、生産性を高め、円高による相対的なコスト上昇を圧縮し、「製品の高度化」によって、より非価格競争力のある製品を市場に出して、日本で生産される製品の国際市場でのポジションを保ってきた製品系列が少なからず存在した。高度化で成果を挙げてきた日本立地の製造業は予想外に多かったのである。その結果、円高が進み、日本企業の海外立地が進んだにも関わらず、貿易収支の黒字は最近まで続くことになったのである。

 

円高と高度化の綱引き構造

1973年に始まり約30年間続いた円高トレンドは間違いなく日本で生産される製品の国際市場における一貫したコスト・アップ要因であった。韓国、シンガポール、中国を先頭にするアジア諸国の製造業の実力は予想以上に速いスピードで向上し、日本の製造業の侮りがたい競争相手になってきた。この2つが日本立地の製造業の国際競争力を引きずり下ろす巨大な力である。これに対抗して競争力を引き上げる上向きの力が「生産の高度化」と「製品の高度化」であった。

外的な要因である下向きの2つのベクトルと、企業努力だけに依存する上向きの2つのベクトルの綱引きで日本立地の製造業の国際市場でのポジションが決まる構造になっているのである。このような競争力の綱引き構造はその後も基本的には変わっていない。

図表4-2-4 高度化と円高の綱引き構造
(作成:東レ経営研究所)

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