日本の問題

オチコボレた日本経済

1980年代の日本経済は経済成長率において、韓国に次いでOECD加盟国中のトップだったのだが、1990年代は最下位に転落していた。日本の経済成長率は実質ゼロの時期が10年も続いたのである。さらに、この期間、日本の全要素生産性の伸びは平均でマイナスに落ち込んでいた。計算上では技術進歩が後退していたのである。こんな例は他にはない。これにはOECDも驚いたようだ。日本経済は、なぜ、これほどまでにオチコボレたのか。日本の国内ではバブル経済崩壊の後遺症と見られていたが、果たしてそうか。

80年代から90年代にかけて、社会全体で大きな変化が起こっていた。第1は生活価値観の変化、生活の中心はレジャー、余暇生活に移り、ハードな商品への消費はほとんど増加していないこと、第2は収入が増えても消費は増えず、貯金だけが増えている。ロストウの発展段階説で言えば、第6段階、所得の限界効用が低減する時代に入っていたのである。第3に80年代後半以降、産業界も活気を失って廃業率が開業率を上回る状況がずっと続いている。

消費行動にも構造的な変化が起こっている。価格破壊とこだわり消費が併存している。マーケティングの専門家からは、大型の新製品が出なくなったという指摘もあった。産業構造でも製造業が減少し、保険衛生、医療、社会福祉、情報サービス、廃棄物処理などの分野で雇用が大幅に増えた。

根本的な原因はイノベーションが停滞したためではないか。工業社会が成熟、飽和に達して、日本が得意としてきた市場高度化対応型イノベーションが、かつてほどマーケットに受け入れられず、それに代わる新しい社会のニーズに対応するイノベーションは一向に増えてないのではないか。

図表8-1-1 長期的消費不況の構造(作成:原 陽一郎)

 

日本の社会、何が問題なのか

東レ経営研究所はこのような問題意識を抱いて、日本の社会の条件をOECD諸国と比較分析してみた。OECDは国際比較データを収集・公表している。これ以外に、スイスのシンクタンクIMD(国際経営研究所)の国の競争力に関するデータがある。IMDのデータは数値データとアンケートによる意識調査に基づくソフト・データで構成されていて、国際比較ができる標準化されたデータとしては、もっともデータ量が多い。OECDの国際比較データとIMDのデータ(2002年版)を用いて、データの揃っている米国、英国、ドイツ、フランス、カナダ、オーストラリア、イタリア、フィンランド、日本の9ヵ国について、因子分析を行ってみた。統計的には3つの主成分があり、これで各国の特徴の約7割が説明できる。GDP成長性、TFP(技術進歩の経済効果)成長性との相関関係も求めた。

その結果、日本は他の国とは特徴が大いにかけ離れていて、さらに、GDP成長からも、TFP成長からもはるかに遠いところに位置しているのである。日本は、「豊かな国民」「老熟、政府依存」「貯蓄志向、R&D志向」に著しく偏っていること、GDP成長領域は「知識化、新規事業指向」「豊かな国民」「サービス化、起業志向」にあり、米国、英国、カナダ、オーストラリアが比較的近く、TFP成長領域は、「知識化、新規事業指向」「海外依存、高失業」「貯蓄志向、R&D指向」にあって、フィンランド、カナダが近い。

図表8-1-2 今の日本の特徴(作成:原 陽一郎)

この分析から、GDP成長に有効な要素(相関係数が70%以上)は15歳以下人口、マーケティング、新規事業、1人当たりコンピュータ、会社設立、高所得層人口など。成長阻害要素(マイナス60以下)は65歳以上人口、低所得層人口、労働規制などが分かった。若さと豊かさ、起業家指向、IT化などが経済成長を強く後押しすることを示唆している。

TFPについては、教育システム、経営者、社会の透明性、海外企業の活躍、大学教育などが促進要因、保護主義、高率の法人税、製品規制、官僚主義などが阻害要因である。

2000年ころのIMDの評価では、日本は「産業への規制」「労働市場」「金融システム」「税金と社会保障」「教育」「マネジメント」「グローバリゼーション」などの国際比較で著しく劣位にある。日本は、欧米先進諸国に比べて社会システムは硬直的で社会主義的要素の強い国と言われてきた。戦後の民主化以降、日本の社会構造はほとんど変化していない。

結局、グローバルな変化、知識経済への転換が進む中で、日本社会固有の保守性、硬直性に加えて、ITへの対応の遅れ、さらには少子高齢化と若さの喪失が日本の活力を予想以上に削ぎ落としていると考えられるのである。

IMDのランキングで、「起業家精神」「会社設立」「経営者やマネジャーの能力」「大学の教育」「競争の規制」「知識の移転」などイノベーションに関連する項目がいずれも世界の40~50位に評価されていることも、日本経済の再生にとっては大問題である。

 

日本的やり方の可能性…科学技術振興機構の社会実験

IMDのランキングでイノベーション関連の評価はいずれも日本人に対するアンケート調査の結果に基づいている。これらの評価は結果を見てのこと。イノベーションの能力が本質的に劣っていることを示している訳ではない。社会システムや政策に問題があるからという面を見るべきである。

科学技術振興機構JSTが全国的に展開してきた「地域イノベーション創出総合支援事業」は日本に合った社会的なイノベーション・プラットフォームの作り方にヒントを与える壮大な社会実験であった。この事業は、地域に着目して産学連携による筋の良い新製品開発プロジェクトを選んで支援し、事業化に導こうとするもの。平成8年に始まり、プログラムを逐次、充実して成果を挙げてきたが、民主党政権での事業仕分けによって、平成23年度末で終了した。

この事業は中小企業を対象としてものではなかったが、それぞれの地域の中小企業、中堅企業(地域企業)が圧倒的に多い結果になった。そして、採択された研究開発プロジェクトの3割は事業化に成功し、3割以上が事業化に向けて開発を継続中という実績が報告されている。この成功率は大手企業の研究開発の成功率を上回ると見られている。少なくても、公の研究開発支援事業では、これほどの成功率の実績はない。

「地域イノベーション創出総合支援事業」が優れた実績を挙げることになった理由は事例調査によって解明されている。この事業の特徴は、全国16か所にイノベーション・プラザ、サテライト(JSTの出先機関)を開設して、そこに経験豊かなコーディネータを複数人、置いたことである。これは従来の国の制度にはなかった試みであった。

コーディネータという仕組みは、欧米のナショナル・イノベーション・システムの中には見かけない。事業を目指す人自らが資金や技術など、必要な経営資源を集める努力をする。周囲はそれを積極的に支援するだけである。インキュベータ施設にインキュベータ・マネジャーがいるが、その役目も専門的なアドバイスに止まっているようである。

JSTのコーディネータは、市場ニーズを感じている産側と技術シーズを持っている学側を結び付けて、開発プロジェクトを立ち上げる“仲人役”を演じたのである。それぞれの地域に密着して活動したために、その地域の産や学の特徴を生かしたユニークな新製品が開発され、事業化された。

図表8-1-3 地域イノベーション創出総合支援事業とコーディネータ
(作成:原 陽一郎)

日本でも、大手企業の新製品・新事業開発に当たって、中立的なコーデォネータが活躍した事例はほとんどない。しかし、この社会実験は中小・中堅企業のイノベーション参加には、中立的なコーディネータの存在と大学あるいは公設試験機関との連携が大いに効果的ということを示した。

この社会実験の結果は、日本のイノベーション政策の在り方に大きなヒントを与えるものであった。コーディネータの活動は地方で広がりを見せている。

【目次】イノベーションとは何か

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