コンドラチェフの波

イノベーションが起こす景気のサイクル

シュンペータは『経済発展の理論』で、イノベーションと景気の循環を論じた。このときに引用したのが周期約10年のジュグラー・サイクルだった。

ところが第2の著作『景気循環論』の中では、ロシアの経済学者N.コンドラチェフが見出した経済活動の長期波動説を取り上げた。コンドラチェフは統計的な検証によって、物価、利子率、賃金や生産指数などの経済指標が世界規模で50~60年の周期で変動していることを見出して、1925年に論文を発表した。そして、この長期波動の原因に、(1)技術変化と投資、(2)新しいフロンテアの拡大、(3)戦争と革命、(4)金の生産量の4つを挙げた。

シュンペータは、その要因(1)技術変化と投資に着目して、イノベーションの盛衰に対応していると考え、「コンドラチェフの波」と名付けた。新発明、新産業、新資源の開発、新国土または新市場の開拓などは普通の利潤や利子よりは大きな利潤が見込める投資機会になるからと説明している。

 

現在は5回目の波の中

コンドラチェフによると、データで確認される最初の波は1780年代から1842年までで、丁度、産業革命の時期に当たる。コンドラチェフとその後継者の研究によると、コンドラチェフの波は4回認められている。いずれも画期的な新技術が引き金になっていると見られる。

図表1-4-1 コンドラチェフの波
(作成:原 陽一郎、原、安倍「イノベーションと技術経営」丸善)

期間ピーク主役となった産業
第1波1780~1840年1817年蒸気機関、繊維機械、無機化学
第2波1840~1890年1875年有機化学、製鉄、電機
第3波1890~1940年1920年自動車、電信電話、ラジオ
第4波1940~1980年1960年?医薬、高分子材料、テレビ、コンピュータ

 

次のピークは第5回目になるが、どのように分析されるだろうか。

コンドラチェフの論文には、シュンペータを非難する一文がある。“動態の領域を起業家の創造的活動と結びつけることによって、動態の理論を確立する可能性を我々から故意に奪った”と。これはシュンペータへの賛辞とも取れるが、シュンペータはこれに応えていない。マルクスの影響を強く受けたシュンペータは、スターリンの粛清の嵐の中で消息を絶った経済学者コンドラチェフに特別の思いを抱いていたのかも知れない。

 

資本主義は滅びるのか

社会主義経済は資本主義経済の最大の問題点、貧富の差の拡大を解決することを目的に生み出された。この2つの経済システム、資本主義経済と社会主義経済は、ほぼ20世紀を通じて世界を二分して鋭く対立し、東西の冷戦構造を生み出すことにもなった。

資本主義経済においては、大きな投資機会の出現をきっかけとして景気の循環が繰り返して、経済は発展していく。これに対して静態的な社会主義経済は発展の力を内蔵していない。これがシュンペータの理論の重要な帰結である。そして、実際に資本主義(自由主義)経済と社会主義経済の間の大きな格差を生み出すことになった。資本主義経済と社会主義経済は、が、1989年、ベルリンの壁の崩壊をきっかけに社会主義経済は崩壊し、その総本山だったソビエト連邦も解体してしまった。経済発展の格差から生ずる民衆の生活水準の格差が限界を超えた結果であった。

シュンペータの考えは正しかったのである。しかし、シュンペータは、1930年代の大恐慌を見て資本主義の将来を悲観的に見るようになった〔J.Sundbo『The Theory of Innovation 』〕。『資本主義、社会主義、民主主義』の中で、資本主義経済の非常な成功によって、巨大な独占的企業が増殖し、組織の大規模化が個人の創造性を抑圧し、市場の独占が製品の変革を阻害するようになる。つまりイノベーションを支えてきた社会の仕組みを崩し、その後継者として社会主義を強く志向する事態を作り出すと予言していた。

大恐慌からほぼ90年、その間に先進経済圏の経済成長率は低落したが、地球規模では、中国を先頭に発展途上国が経済発展を牽引し、経済成長率は3~4%を維持している。巨大企業による市場支配はほとんど起こっていない。資本主義経済の持つダイナミズムはシュンぺータが考えていたよりも、はるかにたくましいのである。

【目次】イノベーションとは何か

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