市場競争と企業の発展

日本の機械工業の国際競争

自由経済の下では、企業は思い思いの製品を市場に提供して、顧客に自由に選んで買ってもらう。これが市場競争である。自由な市場競争が自由経済の大前提だが、市場競争の実態については、経済学の中でほとんど研究がされていない。経済学の中では、市場競争は需要・供給曲線で説明される。価格が上がれば供給量は増えるが、需要量は減るといシンプルな論理。しかし、実際の市場競争では、価格だけが決定要因でなく、非価格競争があることが知られている。実際の市場競争は、無数の多種多様な供給者が入り乱れて、これまたバラバラに自律的に行動する無数の需要家に相対して展開される。この状態を研究の対象にすることはほとんど不可能だと考えられるからである。

私ども東レ経営研究所は日本機械工業連合会の委託で、日本の機械工業がなぜ国際市場で競争優位を確立することができたのか、調査研究を行った(「機械工業の発展基盤に関する調査研究」)。国際市場では、生産国固有の条件を背景とした企業群同士が競争し合っている。貿易統計を通して国別に競争の結果も知ることができる。市場競争の構造を解明するには適している。後にM・ポーターも業種ごとの国際競争を大規模に調査分析して、競争戦略論を構築している。

日本の機械工業は高度成長の過程で国際市場に進出することで大いに躍進した。1955年以降、日本の機械製品の生産額に対する輸入額の比率は5%前後で低い水準に止まっていたが、輸出額の比率は急速に増加し、25%に達している。産業の国際競争力を表す指標と考えられる「貿易の偏り係数」(説明は4-1)も70%を超え、機械工業(一般機械、電気機械、輸送用機械、機械部品)は日本経済を支える輸出産業に発展した。

図表3-2-1 日本の機械製品の輸出入の推移
作成:東レ経営研究所

これは日本の機械工業が世界市場で競争力を高めていった結果と考えられた。1973年までの期間は固定相場制で競争条件に為替レートの影響はないが、円高が始まり、円高トレンドが継続した期間においても、輸出は増え続け、輸入は増えなかったのである。このような事例は世界の貿易の中でも例がない。

機械産業はもともと日本が得意ではなかった。太平洋戦争の時に、軍用機の製造に使っていた工作機械がすべて外国製だと気付いた勤労動員の学生の一人〔渡辺昇一〕は、“この戦争、勝てるはずがない”と思ったと後に書いている。第2次大戦後、成長分野となったオートメーションや電気通信分野では戦争中に完全に遅れをとっていた。その当時の日本の工業製品には粗悪品が少なくなかった。“安かろう悪かろう”が日本製品の代名詞だったのである。朝鮮戦争のときに、兵器類の修理を日本に依存した米軍司令部は、日本製機械部品の品質の悪さに呆れ返ったと言われている。

品質管理の専門家W.デミングが日本に来たのは、日本製品の品質の悪さに困った米軍司令部の差し金だったと言われている。日本の製造業はデミングを熱狂的に受け入れ、ついにはデミングを超える域にまで達した。アメリカの品質管理は未熟な作業員を前提にした科学的なマネジメント手法だが、これが日本の職人気質と共鳴して、本来はトレード・オフの関係にあった質と生産性を“トレード・イン”関係に変える日本独特のモノづくり文化、“TQC”を生んだ。

通商産業省は復興期から国際的に劣悪だった機械産業の育成に一つの重点を置いた。1956年、機械工業振興臨時措置法を施行、官民一体となって、基盤となる機械部品、工作機械の技術力の強化に力点を置いた。これが成功したのである。

 

日本の機械工業は非価格競争力で勝った

機械工業の事業担当者は自社製品の市場競争力を、どのような要素で評価しているのか。価格(コスト)が重要な要素であることは明らかだが、機械製品のように複雑な要素で構成され、用途も多様な製品の場合は、価格以外の多くの要素が競争優位に影響を与えている。

事業担当者に対するインタビューによると、現製品の市場競争力(オペレーションの競争力)が多くの非価格的要素で構成されているだけでなく、さらに、新製品開発の競争力も事業全体を支える不可欠の要素だと認識されている。藤本隆弘(東大教授、経営学)とキム・クラーク(ハーバード・ビジネス・スクール教授)は『製品開発力』で、日本の自動車メーカーの強みが新車開発のパフォーマンスの良さに依っていることを詳細な調査で明らかにしている。

図表3-2-2 事業の競争力の構造
(作成:東レ経営研究所、「機械工業の発展基盤に関する調査研究」

機械工業の関係者は、欧米の企業に対する競争関係について、1950年頃はまったくの劣位にあったものが、「生産の競争力」については1970年頃に、「新製品開発の競争力」は1975年頃に欧米の水準に負い付き、それ以降、優位に立って、その格差を広げていると見ていたのである。日本の機械工業は先ず、「生産(オペレーション)の競争力」で、次いで「新製品開発の競争力」で欧米を凌駕して、世界市場での存在感を高めていったのである。

図表3-2-3 日本の機械工業の欧米に対する競争優位性の推移
(作成:東レ経営研究所)

この調査の中で、日本の機械製品各企業の関係者が、競争力の要素ごとに日本の企業と海外企業と比べて感じていることも聞いている。調査時点(1990年)では、コストでは欧米とほぼ同等、アジア企業に対しては明らかに劣位にある。円高が進行しつつあった時期、コストでは日本企業が明らかに劣勢に向かっていた。欧米の企業に対しても、アジアの企業に対しても非価格競争力で優位に立っていて、その結果、総合して欧米に対してもアジアに対しても、明らかに競争優位に立つことができていると認識していたのである。

新製品開発についてはアジア企業に対してはすべての要素で大きく差をつけ、圧倒的に優位。欧米企業に対しては、革新性・新規性、商品企画力ではほぼ同等だが、商品競争力、開発期間と開発コストでは優位に立ち、総合的にはある程度優位と見ていた。

図表3-2-4 日本の機械工業の海外市場での競争優位性
(作成:東レ経営研究所)

さらに、上記の調査データを分析すると、欧米の市場よりもアジア市場の方が、非価格競争要素の影響力が大きい傾向があることも分かった。アジア新興国の製品とは必ずしも価格で競争していなかったのである。

現製品の市場競争において、価格競争は人件費や原材料・エネルギー等の調達コストなど生産拠点の立地に直接的に依存するが、非価格競争はオペレーションの争い。「生産の競争力」は立地条件とオペレーションのパフォーマスンに依存する。市場が成熟し高度化するに従って、品質・性能などの非価格要素のウエイトは高まる傾向がある。多くの市場分野で、非価格競争要素が市場支配力を持っていることが知られている、たとえば、スーパーの食料品売り場で主婦がもっとも注目するのは鮮度、そして安全性、味である。これらの項目で不安を感じたら、いかに安いものでも買ってはもらえない。

変化が激しい市場においては、現製品の評価だけではなく、「新製品開発の競争力」がさらなる競争優位を構築していく。新製品開発への期待がブランド力の重要な要素と言われているのである。

新製品の開発はもとより、オペレーションのパフォーマンスを向上させる経営努力も付加価値を増加させるのでイノベーションの一形態である。

 

市場競争の3層構造

規格の決まった一部の単純な基礎化学品を除いて、ほとんどの商品カテゴリーにおいて、市場は“1物1価”ではない。たとえば、腕時計の市場は、1個1億円を超えるような高級・高価なブランド品あるは市場規模が極めて小さい特殊用途向け商品(ブランド型高級特殊製品)、機能などに特徴を持つ量産規模で数万~数十万円の中位の価格帯に位置する製品(中級ハイテク・ハイタッチ製品)、1万円以下の一般普及を狙う汎用品(汎用普及製品)というように、価格帯に並べると三層のカテゴリー構造になっている。このような価格帯による3層構造は多くの機械製品の市場で見られる。私たちは調査研究の過程で、実際にマーケティングの関係者がこの3層構造で、自社の市場競争力で説明することに気付いた。

そして、市場競争はカテゴリー内で展開され、カテゴリーを跨って競争は起こらないという。たとえば、工作機械では、特殊で精密な加工ができる特殊型、中級汎用型のNC工作機、低価格の一般普及型の3層構造に分かれ、日本の工作機械メーカは中級汎用型NC工作機を得意としていて、このカテゴリーで海外では日本メーカー同士の競争になることが圧倒的に多く、中国産の低価格普及品と競争になることはまったくないとのこと。テレビでも自動車でも、市場の構造は基本的に同じである。一般の産業機械やベアリングのような生産財においても、このようなカテゴリーの3層構造が見られる。

外食市場はもっと身近な例だが、昔から高級、中級、低価格に分かれ、顧客は状況に応じて使い分けている。アパレル製品、加工食品など生活者の日常的な消費市場でも広く見られる現象である。そして、顧客の立場からも、カテゴリーをまたがって商品やサービスを選択することはほとんどない。

 

競争力の構造と競争戦略

経済学者M・ポーターは市場競争の戦略のタイプをニッチ戦略、差別化戦略、コスト・リーダー戦略の3つに分けた。この戦略の3分類は市場カテゴリーの3層構造と対応していたのである。ブランド型高級特殊市場では、ニッチ戦略以外は本来成り立たないのである。

そして、異なるカテゴリー間、たとえば、ブランド型高級特殊製品と中級ハイテク・ハイタッチ製品の間では、競争はほとんど起こらない。企業間の市場競争は同じ製品カテゴリーの中で起こっているのである。ただし、この3層構造の境界は決して閉鎖的、固定的ではない。ニッチ製品が中級市場に移り、最後には低価格普及品に変わる例は少なくない。中級ハイテク・ハイタッチ市場はニッチ戦略からの参入とコスト・リーダー戦略の侵食にも晒される変化の激しい市場領域である。

図表3-2-5 マーケットの3層構造と競争戦略の3パターン
(作成:原 陽一郎)

後で詳しく述べるが、国際市場での競争の中で、日本の企業は概ね中級ハイテク・ハイタッチ製品のカテゴリーを得意としている。このカテゴリーの中で日本企業同士が国際市場で競争をいているというようなことが実際に起こっていたのである。

以上が、私たち東レ経営研究所が産業の高度化に関して行ってきた調査研究の結論であった。

【目次】イノベーションとは何か

電子書籍の出版に興味がある方へ

「JOURNAL & BOOKS」では、電子書籍の制作・出版をサポートしています。

詳細につきましては、下記のサービスメニューをご確認ください。