ナショナル・イノベーション・システム(NIS)

イノベーションのパフォーマンスはなぜ国によって違うのか

R.ネルソンは国によってイノベーションのパフォーマンスが異なることに着目した。研究によって、ある国のイノベーションのパフォーマンスはその国の社会的、経済的環境要因に影響されることを明らかにし、ナショナル・イノベーション・システム(NIS)という概念を提唱した。政治・経済情勢の違い、国としての優先順位の違い、政府の役割は国によって認識に差があり、これらが産業の発展に影響を与えているのである。

これまでの多くの研究から得られた基本認識はほぼ次のとおりである。

・国のイノベーション・システム同士の国際的競争が展開されている
・イノベーションの主役は企業である
・科学技術に対する国の役割は無視できない
・高等教育は極めて重要な意義を持っている
・企業を取り巻く社会的環境、産業間ネットワークと協調は重要な要素である

イノベーションの研究を積極的に進めているOECDは1996年、テクノロジカル・イノベーションに関するデータ収集のガイドライン「オスロー・マニャル」を示した。ナショナル・イノベーション・システムの概念図も重要な要素を中心に示している。その中でイノベーション・システムにとって、とくに重要な要素は次のとおりだとしている。

・イノベーション能力を支える共通要素
* 企業の競争力の強さ(戦略とマネジメント能力、ニーズ指向、企業間連携、競争)
* 知識、技術を与える教育制度(大学教育)
* 金融、財政、通商政策

・政府の役割で効果が認められるもの
* 教育とマクロ経済政策
* 大学、企業が行うジェネリックな研究に対する支援

競争戦略の権威M.ポーターは、産業の国際競争力が、その国の政策的支援や低賃金などの生産要素の優位性に依存するものではなく、イノベーションのパフォーマンスに良し悪しに左右されると主張した。そして、ナショナル・イノベーション・システムの概念図も示した。

彼の概念図は、
・その国の産業側の「クラスター固有の条件」と
・「共通的なイノベーション・インフラ(基礎研究への投資など)」、
・「両者の結び付きの質の高さ(基礎研究の成果を産業界に注入する能力、技術や専門人材のプールへの産業界の貢献など)」
の3つの領域の結び付けで示されるシンプルなもの。彼はイノベーションのパフォーマンスはこの3つの領域の強さに依存し、そのパフォーマンスでその国の産業の国際競争力は決まると言っている。

 

ナショナル・イノベーション・システムの構造

東レ経営研究所は経済産業省の依頼で、日本のナショナル・イノベーション・システムを、客観的データに基づいてとくにアメリカとの比較分析を行い、問題点を明らかにした。図表7-2-1はナショナル・イノベーション・システムの主要な構成要素のものについて、それぞれの構造的関係を示したものである。

図表7-2-2 ナショナル・イノベーション・システム
(作成:東レ経営研究所)

この図表の特徴は、既存企業(とくに大手企業)と個人の起業家(中小企業を含む)の違いを意識して書いている点で、既存企業のイノベーション・プラットフォームは社内に形作ることができるのに対して、個人の起業家の場合は、資本の移転と流動性の機能を外部に依存しなければならないことを示している。

 

日本のナショナル・イノベーション・システムはどこが弱いのか

私たち東レ経営研究所が調査に基づいて指摘した2000年ころの日本のナショナル・イノベーション・システムの弱点は次のとおり。

第1は個人の起業家に対するイノベーション・プラットフォーム機能はアメリカに比べてはるかに弱体、ベンチャーキャピタルの起業化支援が不十分、インキュベータ施設は全国に設置されているが、インキュベータ・マネジャーがほとんどおらず、起業家に対する専門家の支援は十分には行われていない。

第2は大学のイノベーションに対する大学の機能不全。アメリカでは、大学がベンチャー企業を育てる温床のような役割を果たしているが、日本の大学はそのような意識にまったく欠けていて、その能力も持っていないこと。企業との共同研究には消極的で、特許に対する意識も低い。

20世紀末時点で、日本のナショナル・イノベーション・システムは個人の起業家を仕組みがまったくできていないことに最大の問題があった。アメリカの大学は積極的に社会貢献を展開している。その一環として大学当局も教員も共にベンチャー企業に対する有形、無形の支援を行っている。そのために大学発ベンチャーが多い。日本でベンチャー企業が育たない問題の元凶は大学にあると言っても過言でない状況。

東レ経営研究所の経済産業省に提出した報告書には、図表7-2-3を載せている。

図表7-2-3 日本のナショナル・イノベーション・システムの問題点
(作成:東レ経営研究所)

この調査研究が行われたのは2000年前後の時期。この頃から、経済産業省、文部科学省はTLOの設置、産学連携の推進、競争的研究ファンドの充実、MOT教育の奨励などに力を注ぐようになった。大学改革の背景には、このような問題意識も働いていたのである。

大学に対するこれらの施策はそれなりに功を奏し、少なくても地方の国立大学は地元の企業との連携を積極的に取り組むようになって、図表7-2-3に挙げた問題のかなりの部分は今日では改善された。成果も現れ始めている。

しかし、インキュベータ機能の改善は必ずしも進んでいない。開業率も向上していない。国全体の経済成長率も未だに先進国の中で低い水準に止まっている。

【目次】イノベーションとは何か

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