イノベーションの偏り

ベンチャー企業はなぜ挑戦的なのか

外から見れば同じ構造の企業でも、ベンチャー企業と既存企業ではイノベーションへの取り組みが違っている。これには明確な理由がある。

その第一は、動機の違いである。E・ヒッペルは『イノベーションの源泉』の中で、イノベーションに人を駆り立てるのは期待利益だから、イノベーションが起こる分野は予想できると言う。事実、企業の中でのイノベーションの候補の選択は収益性の予測に基づく。

しかし、必ずしもそれだけではない。実際にイノベーションの事例を調べると、既存企業の場会は、経営者の経営責任、つまり、事業の健全な維持・発展を第一の判断基準にしている。会社を設立し、一旦、事業を始めると顧客との関係がもっとも重要、このために顧客の期待に沿うことを優先する。アターバックも気付いたように、イノベーションは保守的で漸進的になる。その一方で、市場構造の大きな変化で、事業そのものの存続が危うくなることも少なくない。 “窮すれば即ち変ず、変すれば即ち通ず、通ずれば即ち久し(易経)”、企業は存続のために変身を迫られる。これが既存企業のイノベーションの潜在的な動機でもある。

図表5-3-1 イノベーションの動機

ベンチャー企業では起業家、アントゥルプルナーの個人的な思いが強い動機になっている。顧客や市場からの制約もない、株主や従業員への遠慮もなく、自由に挑戦できるからである。

 

日本はプロダクト・イノベーションで欧米を凌いでいた

私はこの分類に、1970年代以降の比較的知られているイノベーションの事例をできるだけ拾い上げて、開発主体別と開発主体の国籍を日本と欧米に分けて、当てはめた表を作ってみた。

図表5-3-2 イノベーションの偏り(作成:原 陽一郎)

小規模、ベンチャー企業既存企業
市場創造型ハイテク型日本発ホームVTR、ビデオカメラ、ヘッドフォンステレオ、

(液晶デバイス、炭素繊維)

欧米発パソコン、集積回路、MPU、バイオビジネス、フロッピーディスク、人工衛星、X線CT、MRI、カーナビ
ビジネスモデル型日本発カラオケ、カップめん、宅配便、iモード、
欧米発テレビゲーム、パソコンソフト、ネットビジネス、ベンチャーキャピタル、コンビニ、イタリア・ファッション、バイオビジネスNASDAQ、金融デリバティブ
市場高度化対応型製品の高度化日本発クォーツウオッチ、NC工作機、AFカメラ、ジェット織機、新合繊、デジカメ、HDテレビ、液晶テレビ、ハイブリッド車、インターフェロン製剤、(半導体レーザ、CCD)
欧米発ジャンボジェット機、移動体通信

ポストイット、CD、レーザ・プリンタ、iPod、iPad。(光ファイバー)

生産の高度化日本発ジャスト・イン・タイム、セル生産
欧米発EMS

(  )内は部品・材料で最終製品ではない

この表は客観的で信頼できるデータとは言えないが、この40年間のイノベーションの起こり方について、次のような傾向があることを示している。

・ベンチャー企業は市場創造型イノベーションに長け、既存企業は市場高度化対応型に大きく偏っている。これは日米欧に共通している傾向である。
・市場創造型イノベーションで、日本は欧米に比較して実績が少なく、とくに大型のものがない。ハイテク型ではベンチャー企業発は存在しない。ビジネス・モデル型も欧米に比較して少ない。
・市場高度化対応型で製品の高度化では、日本企業の実績が欧米企業と対比して圧倒的に多い。

アターバックはすでに、ベンチャー企業のイノベーションが積極的で、大企業は漸進的、つまり市場高度化対応型に偏ることを指摘していたので、私たち東レ経営研究所の観察と一致する。日本では、市場創造型のイノベーションが少なく、ベンチャー企業の活躍も少ないことについても、これまでもイノベーション研究者の間で認識されていたこと。

しかし、市場高度化対応型では、世界の市場で評価される成果を欧米の産業界の合計よりもはるかに多く出して、世界の市場を活性化していたことは、今までほとんど気付かれていなかった。日本からは新しい商品カテゴリーがどんどんと世界市場に出て行ったのである。日本はプロダクト・イノベーションが弱いという一般の評価は正しくはなかった。1970年代以降の日本経済の世界市場における躍進はこの市場高度化対応型のイノベーションのパフォーマンスの良さに支えられていたのである。

【目次】イノベーションとは何か

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