中小企業のイノベーション

シュンペータ仮説…イノベーションの主役は大企業か?

シュンペータはイノベーションの担い手はある程度以上の規模あるいは市場支配力(集中度)の高い企業だと考えた。生産手段の既存の結合から生産手段を奪い取って新しい結合を作るためには、そこそこの力が必要なはずとシュンペータは考えたのだろう。これが「シュンペータ仮説」と言われるものである。

この仮説を検証しようとして、これまでにいくつかの研究が行われてきたが、明確な結論は出ていない。単なる仮説の段階に止まっている。しかし、前述のように、日本でのイノベーションの事例を見る限りでは、イノベーションにとって企業規模や市場支配力は重要な要素と見なせる。振り返って見ると、大きく発展したベンチャー企業のイノベーションを除いて、すでに市場を確保している中小企業が主役となったイノベーションについて、これまで十分に研究されてはこなかったと考えられる。

 

中小企業は多種多様

中小企業は中小企業基本法で定められている規模以下であって、税法上の優遇が受けられる。中小企業は、企業数では420万社、99.7%、従業員数で66%、付加価値生産額では約50%を占める日本の経済にとって重要な存在である。従来、わが国の中小企業は大企業の下請けとして大企業に対して不利な立場にあるという認識が一般的〔佐竹隆幸『中小企業尊立論』、植田浩史『現代日本の中小企業』〕で、政策面の議論は救済的色彩が強かった。一方で、その中小企業の大きな集団の中で、特徴のある企業が活躍していることに注目する研究者〔関満博、橋本久義ら〕もいる。中小企業を企業規模だけで一括して議論することは不適切だが、多様な中小企業を特徴別に分類する基準も一般的には存在しない。

最近、ドイツの輸出の強さはグローバル・ニッチ・トップと呼ばれる中小企業が支えているという調査報告〔H・サイモン『グローバルビジネスの隠れたチャンピオン企業』〕が刊行された。リストアップされたグローバル・ニッチ・トップ企業2000社の3分の2がドイツ語圏の企業、日本企業は100社で、少ない。経済産業省も我が国のグローバル・ニッチ型企業の調査を行い、相対的に利益率、輸出比率が高いことを見出している〔細谷祐二『グローバル・ニッチ・トップ企業論』〕。ニッチ市場においては、企業規模と関係なく競争優位性が築かれるのである。

経済産業省は中小企業をサプライチェーン型(組み立て産業の下請け系列企業)、ニッチ・トップ型(グローバル・ニッチ・トップ企業になり得る企業)、単工程加工型(特定用途に対応する特殊な加工)を3区分して調査を行っている。

 

地域イノベーション創出総合支援事業

日本は欧米に比べてベンチャー企業によるイノベーションが明らかに少なく、その結果、市場創造型のイノベーションも起こりにくいと見られている。これは日本のナショナル・イノベーション・システムの弱点があるためである(7.2参照)。このような認識が政策当局内にも徐々に浸透し、90年代半ばころからイノベーション振興政策が進められる位になった。産学連携やベンチャー・キャピタルの充実などである。しかし、その成果は必ずしもはかばかしくはなかった。

その中で、文科省系の独立行政法人科学技術振興機構JSTは地域の研究開発振興に焦点を当て、2001年度から「地域イノベーション総合支援事業」を創設した。この事業は単に評価選択した産学連記による開発プロジェクトに資金を支援するだけでなく、(1)全国16か所にJSTの地域拠点イノベーションプラザ・サテライトを設置したこと、(2)コーディネータを配置して、産学連携と開発プロジェクト立ち上げの調整と支援を行ったこと、(3)開発のマネジメントに関与したことなど、従来の国の制度とは異なり、ソフト的なサービスを整えた点に最大の特徴がある。

私は、この事業の中核をなすイノベーションプラザ・サテライトの活動の評価委員会委員長を務めたので、どのような活動が行われ、どのような成果を挙げてきたかを詳しく知ることができた。

この事業は中小企業やベンチャー企業だけを対象とするものではなかったが、実際に支援を受けた企業の8割は中小・中堅企業とベンチャー企業で占められていた。事業開始から10年後までに、事業化を直接の目的とした「育成研究」で開発期間を終了したものが124例あったが、その22%は実際に事業化し、7%が事業化目前、その他の多くが企業独自の資金で開発を継続し、開発を完全に諦めたものはわずか7%であった。評価委員会の中では、企業内の研究開発の事業化に比べて、成功率が高いという意見が主流を占めた。

 

中小企業はベンチャー企業に近い

私は科学技術振興機構の地域企業イノベーション総合支援事業において成功事例と評価されていたプロジェクトの中から31例を選び、インタビュー調査を行った。この事業は産学連携によって実用化、事業開発を目指すプロジェクトを経済的に支援するもので、同一の基準に基づいて第三者評価によって選定さる。大企業および大企業の子会社は6件、ベンチャー企業が8件、その他の19件がいわゆる中小企業(資本金1億円以下)。中小企業は細谷の分類に従い、さらに地場企業型(地域のニーズに直結した事業に特化)を付け加えた。ベンチャー企業は大学発ベンチャーと地域社会のニーズに対応して設立された地場ベンチャーに分けた。ベンチャー企業の事例が多いのは、この制度の趣旨がとくに大学の研究成果の事業化にあったからである。

図表5-4-1 地域イノベーション創出支援事業の実績

イノベーションのスタイルアーキテクチュアルマーケッターデマンド・プルテクノロジー・プッシュ
市場創造型市場高度化対応型
技術革新型既存技術応用型技術革新型
製品、事業工作機、情報器材2食品加工6、福祉、環境、農業、安全、鮮度保持2農業2、環境、福祉、

公共

医療5、研究3、安全1

情報器材1、半導体1

 大企業本社1(△:1)2(〇:1、△:1)
子会社1(△:1)2(◎:1、〇:1)
小企業SP型
NT型1(○:1)1(○:1)1(△:1)1(◎:1
単加工型3(〇:1、△:2)
地場企業8(◎:3、○:4)1(△:1)1(△:1)
大学発V5(〇:3、△2)
V地場V3(○:1)
312511


1)数字は件数を表す
2)( )内は、事業としての成功の程度、◎:目標以上、○:目標達成、△:やや不満足
3)V:ベンチャー企業

 

このデータ群から見られる、大企業と中小企業のイノベーションへの姿勢の違いは次のとおりである。

・大企業(子会社も含む)は、このような国の支援制度を、市場が読みにくく、難度の高い先端技術の開発に利用しようとする意識が強い。
・中小企業は既存技術応用型に集中し、とくに地場企業はマーケッター型(市場創造的)のイノベーションに対して意欲的。市場高度化対応よりも新しい市場を目指す意識が強い。
・中小企業の場合、いずれの事例でも、マーケティングに弱点があり、市場でそのポテンシャルを発揮しきれていない。地域振興としての意義があるにも拘わらず、地元の自治体等が事業の支援を行っている例はない。
・大学発ベンチャーはテクノロジープッシュ型に、地場ベンチャーは地域のニーズに対応するマーケッター型に強く偏る。これはその設立の経緯に由来する。
・サプライチェーン(SP型)の事例はなかった。取引先が固定されているので、新製品、新技術を開発する必要性が低いからと考えられる。
総じて言えば、地場企業、ニッチ・トップ型、単加工型などの中小企業はイノベーションへにおいてはベンチャー企業に近い。

大企業と中小企業のどちらがよりイノベーティブかは長く議論されていた問題である。イギリスでの調査では、大規模の会社と長規模の会社はイノベーティブで、中間の規模の会社は保守的、大企業はR&Dを重視し、小企業は起業家的という結果が出ているとのこと〔J.Sundbo“The Theory of Innovation”〕。私たちの調査結果とも符合している。

以下、新しい市場の創出に成功し、地域の活性化にも貢献した中小企業によるイノベーションの面白い成功例である。いずれも、先端技術の利用ではなく、既存技術に依っている。マーケティングに力を入れたことが成功に繋がった。

 

電子スモーク装置…水産業の零細業者でも簡単に付加価値を上げられる加工手段を開発しよう。地場企業の例。北海道工業試験所が協力。

北海道科学技術総合振興センターの科学技術コーディネータだった丸山俊彦さんは単にシーズとニーズのマッチングだけのコーディネータ活動では飽き足らない、地元の経済に貢献する新しい事業を創造したい常々考えていた。北海道の基幹産業は酪農、畜産、水産業。新鮮な食材を加工すれば、それだけ付加価値が上がる。零細業者でも簡単に食品加工できる方法はないか、丸山さんの思案はそこに集中した。

ヒントは東京のベンチャー企業の社長の話。電子写真技術を応用すると簡単に燻製加工ができるという。電子写真技術の基本特許は既に失効、技術の詳細は公開されている。丸山さんとその社長は公開情報をベースに技術を確認して、開発プランを練り上げた。

この計画を(株)ユニレックス(北海道)の社長に話したところ、即座に技術開発を決めてくれた。ユニレックスは、かつて丸山さんの指導で石炭の粉末を固形化する新燃料の開発を行った実績がある。

燻製は古くから煙の自然対流方式で手作業が中心、大量加工用の装置はあるが、かなり高額で、しかも時間と手間がかかり生産性が低い。電子写真応用の装置はまったく新しい発想で類似のものは存在しない。燻製時間は大幅に短縮、装置のコストは従来の半分以下、消費電力等も従来のやり方よりも大幅に改善される。

丸山さんの働きかけで、ユニレックス社と道立工業試験所の共同開発プロジェクトが立ち上がった。平成7年に北海道の独自事業に採択、翌年に科学技術振興機構(以下、JST)の事業にも採択されて、開発費の支援も受けた。

技術開発のポイントは消費電力の少ない高圧電源と燻製条件の制御技術の開発。回分式に加えて連続式も開発した。道立食品加工研究センターが電子燻製の安全性も確認した。事業の海外展開を狙って国際特許を取得した。開発装置の特徴を示すために、殻の中のゆで卵の燻製化にも成功、食品加工業者数社にライセンスして事業化されている。電子スモーク装置はユニレックスの親会社、北陽(本社は京都)の開発製品として、平成11年、営業を始めた。味が良い、見栄えが良い、低温発煙で有毒物の発生が抑えられるなどの特徴が徐々に認められて全国に浸透し始めた。海外にも売れた。さらに、各地の食品加工センターなどが地元業者の特徴のある加工食品開発の武器とて購入する例が増えている。近隣の競争相手の同業者には売らないでくれと言われることもあるそうだ。この装置を使って新製品を開発した2社が水産庁長官賞を受賞した。

すでに、全都道府県に普及、販売台数は百数十台に。購入者には、煙用チップと装置のメンテナンス部品類も販売している。〔北陽、丸山俊彦氏〕

 

磨き屋シンジケート…伝統の地場産業を潰してなるものか。単加工型企業の集合体。とくに大学、公的研究機関の支援を受けてはいない。

かつて日本の製造業は特徴と競争力を持つ各地の地場産業に支えられていたが、国際競争のあおりを受けて、徐々に姿を消していった。燕は江戸時代の釘作りからの歴史を持つ全国でも有名な金属加工の地場産業。洋食器で世界に知られ存在となっていた。

ところが、平成13年ころにはピーク時に比べて職人数は3割にまで減少していた。燕商工会議所の大卒職員、高野雅哉さんはその頃、会員へのアンケート調査を担当した。その結果、会員の半分が商工会議所は要らないと答えたのである。同時に、商工会議所への期待がお客から注文を取ってくること、つまり地場産業の営業活動であることも分かった。
地場産業は全国から注文を集める力を持っている中核企業(まとめ屋)を中心に成り立っていることが多い。燕も同じ構造。ところが、地元の“まとめ屋”はコストの安い中国などの新興国との取引を増やし、地元への仕事がドンドン減っていたのである。

研磨関係の業者グループを担当していた高野さんは、このままでは全滅すると危機感を抱き、商工会議所がやるべきことをやらねば、と強く思った。コストでは勝てない、他ではできない優れたものを作る以外に生き残れない。高野さんは地元の業界に働き掛けて、熟練の技術を結集して特徴のあるモノづくりを目指す“磨き屋シンジケート”という業者の連携組織を結成。技術マニュアルを纏めてノウハウを共有化し、その上で商工会議所を核とする共同受注システムを独力で作り上げた。商工会議所が“まとめ屋”を引き受けたのだ。高野さんのアイデアは市場へのPR活動にも及んだ。見本市への出展、マスコミへの話題提供、ホームページの活用など。ブランド化を図るために、商工会議所が認証機関にもなった。商工会議所の中には新製品開発のための実験室まで設け、実験は商工会議所の職員が引き受けている。

そして、ビールのおいしさを引き出すことができる独自の新商品「ステンレス製ビアマグカップ」を開発。これが日本酒、ワインのなどのおいしさを増す「エコカップ」にも発展した。いまや、「磨き屋シンジケート」は全国に知られるブランドに成長している。

会員全員に対して公平でなければならない商工会議所が1業種のために、ここまで肩入れをすることは普通、絶対にない。なぜ、燕ではそれができたのか。金属加工業が燕の生命線だということもあったが、なんといっても高野さんの情熱と戦略シナリオが関係者の共感を得たからだ。会頭はじめトップは陰に陽に助けてくれたと高野さんは言う。高野さんはもう一つ工夫をしている。“まとめ屋”としての収益を会議所全体の活動資金に当てて、全会員に還元しているのである。〔燕商工会議所〕

 

ごっくん馬路村…ゆずの加工で過疎の村に工場が立った。地場企業を立ち上げ。とくに大学、公的研究機関の支援は受けていない。

徳島との県境に近い千メートル級の山々が連なる渓谷のはるか上流のわずかに広がる平地に小さな村がある。古くから林業を生業としていたが、林業は衰退。ゆずの生産を増やしたが、人口は減少を続け今は約900人、村長の上治堂司さんは「鉄道も県道もない、コンピにも、信号機もない、なんにもない村」と半ば自慢げに言う。

その村に100人ほどが働く立派な工場がある。2階の事務所には30人ほどの女性がパソコンを前に、全国からの注文を受けている。村外から通勤する人がたくさんいて、川下の町とつながる一本の道は朝夕、通勤ラッシュになる。ゆずの加工品を作る農協経営の工場である。出荷額は年商30数億円に達する。主製品「ごっくん馬路村」は全国に知られるブランドに成長している。

ゆずの産地は四国にはたくさんあるのに、なぜ、馬路村だけが成功したのか。そこにはゆずの加工品事業に人生をかけた一人の若者がいた。現在、農協の組合長になっている東谷望史さんは今から30数年前、21才で馬路村の農協に就職した。その頃、村ではゆずの栽培農家が増え始めていた。東谷さんは、ゆずを担当した。そして、いくら作っても売れなければ何の意味もないと考えた。農協は売らなければ本当の役には立たない。

東谷さんはマーケティングの勉強をした。そして、県内産地同士の競争を避けて、東京、大阪などの大都市圏の顧客にゆずを使った地元の食文化を直接、売り込む戦略に焦点を絞った。各地のデパートの催しには必ず参加、新商品を次々と開発した。デザインや広告の専門家のアドバイスも受けた。独力で受注管理システムも開発した。そして、村自体を売り込む戦略を採った。馬路村の田舎度を強みに変えたのだ。これが成功した。

長老たちが若い東谷さんの意見が簡単に受け入れるはずはない。大型の設備投資には常に反対の声が上がった。しかし、上治村長など村の長老には応援する人が少なからずいた。東谷さんの情熱に村民、村役場、農協に強い共感を与えたのだろう。〔高知県馬路村〕

 

ニュー給食システム…漆技術を今日的課題の解決に活かせないか。古い地場企業の挑戦。大学での研究と用途分野の徹底的な探索。

漆器の需要は年々減少している。100年続いた下村漆器店の社長、下村昭夫さんは強い危機意識を抱いた。漆器作り固有のコーティング技術を科学的に解明して、新しい分野に応用できないか、夫婦で福井大学大学院に進学、研究を始めると共に、その技術的特徴を活かす用途分野を徹底的に調べた。そこで行き着いたのが大規模病院の給食システムが抱えている問題。これを解決するための新しい食器の開発に目標を絞った。

多人数に対応する給食では、まとめて調理し冷凍保存し、給食時に電磁加熱して提供する方式が一般的。ところが、これに対応する食器は繰り返し使用に問題があった。これを福井大学開発の新規コーティング材料を応用し、漆塗りのコーティング技術と表面改質技術を用いて解決することにした。食器の性能評価は漆器店のお得意。下村漆器店、福井大学の共同プロジェクトはJSTの開発支援を受けて、1年間で開発目標を達成した。

(株)エー・ジー・ピー(旅客機内給食施設のメーカー)を通じてニュークックチル方式として大規模病院等にマーティングを展開。すでに販売実績は挙がっている。メンテナンスフリーの業務用食器として普及すればマーケットは数百億円に達すると見られている。〔下村漆器店〕
欧米においては70〜80年代の不況期、小企業のイノベーションが経済に貢献したと評価して、連携ネットワークの構築、資金、ノウハウ等の支援体制など個人的起業家に特別に焦点を当てた政策が行われた。公的資金による開発に対しては、開発製品を公的機関が率先して購入して、事業化を支援することが行われている。アメリカはとくに中小企業に手厚く、行政機関は調達に当たって中小企業から一定の割合で購入することが義務付けられている。

しかし、わが国においては、公的機関の調達をイノベーション支援に活用することは行われていない。地域企業が地域の特産品を狙って開発した新製品(たとえば、奈良県醤油製造組合の”古代ひしお”、宮崎ひでじビールの“マンゴー・ラガー”など)を地元の地方自治体が積極的に取り上げようとはしていない。

【目次】イノベーションとは何か

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